ロンボク島旅行記

2003年11月08日 ファンタ・オレンジ
 ビーチ沿いに歩き通して、桟橋のある島のセンターに到着した。お気に入りのブルガックに陣取って、スプラ イトとファンタを立て続けに飲む。懐かしいな、瓶入りのファンタって。一機の自販機もないインドネシアでは、ま だまだ瓶の飲料は主役なんですね。  
 「ストローなんかで飲んでいられるか」
と、粋がってラッパ飲みしたら、飲み口にサビが付いていた。
 「こんなことをしてるから下痢になるんだよ」
と、自分に強く言って聞かせる。「私のファンタ飲んだの、だあれ?」という昔のCMを思い出して、記念に写真を 1枚撮ってみた。
 依然として、食欲は全くなし。どうなってしまったんだろう、自分の体は。
 インターネットをしに、カフェに行く。OSはWin98だが、日本語は読むことが出来た。ダイヤルアップなので、こ の時とばかりに、輩たちが集まって、空いているパソコンで自分たちのメールをチェックし始めた。
 「ふざけんな、オマエら。動きが遅くなるではないか。しかも、オレがカネ払ってんだぞ!」
中古のパソコンで、それでなくとも動きが遅いのに。お陰で、無事メールが発信されたのか、どうか分からなくな ってしまった。
 コテージに戻って、昼寝でもしようかと歩いていたら、
 「ハロー」
と挨拶された。声の主は例の空咳の老人だった。別のコテージの敷地から声をかけられたので、ポカンとして いたら、
 「今朝、このホテル(コテージ)に移ったんだ」
と、向こうから言ってきた。
 「本当なの。何で?」
と、私が聞くと、
 「あのコテージは暑くて、家内が嫌がって」
と答えた。
 立ち話しで、会話はその後も長く続いてしまった。要約すると、老人はアメリカ人。連れのオリエンタルな女性 は奥さんで、国籍までは聞けなかった。彼らの住まいはジャカルタで、バカンスでギリに来たという。メノの海は 綺麗で、シュノーケリングでの素晴らしさをしきりに語っていた。シュノーケリングでは、ウミガメを何匹も見たと いう。今度のコテージの宿泊費の件を尋ねると、今度は奥さんが乗り出してきて、ファン付き、真水のシャワ ー、しかも朝食付きでRp.65,000だと自慢げに語っていた。私の方からも、明日アイルに向かうこと、下痢でシュ ノーケリングは出来ないこと等を伝えて、再会を約束して別れた。「もっと早く親しくなれれば・・」と、後悔の念で 一杯だった。
 コテージに着くと、彼らに替わって、新たな西洋人カップルがチェックインしていた。夕方まで昼寝した。 



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